『現代日本の金融システム−金融市場と金融政策−』 第12集 平成17年度版 (平成18年3月発行)
川口慎二
本年三月に公刊されました表記の書物は、ジンメルの『貨幣の哲学』の全体についての本格的な解説書です。本書は『貨幣の哲学』の解読を試みるものにとっての待望の貴重な必読文献であると思われます。
本書で主題とされています『貨幣の哲学』は、難解書の代名詞的存在といわれながらも、同書に含まれている広くかつ深い思想的含蓄のゆえに、時代による評価の盛衰のなかを忘れ去られることなく、一世紀余にわたり世界の思想家の心の深奥に継承、存在し続けてきたものです。
我が国では、難業の訳書も立派に完成し、言葉の壁が取り除かれ、『貨幣の哲学』への接近は飛躍的に容易とはなりました。けれども、内容のむつかしさはいぜんとして多くの読者の悩としてきたもので、信頼に足る解説書の公刊が切望されていたところです。
今回のこれまた難業のすえといわれている本書の公刊により、我が国における『貨幣の哲学』の内容理解にも、急速な進展が期待できるのではないかと思われます。
本稿は、本書の書評や包括的な内容紹介を目的とするものではありません。書評であればまた別の簡潔なそして目配りのきいた記述がなされねばなりません。本稿の目的は、本書における貴重な記述を援用しながら、この『報告書』を読まれる機会をもたれた読者にたいして、これまでの2回の「解読の栞」に続き、必要と思われる情報をおおつかみにしてお伝えすることにあります。
お伝えすることは大きくわけて二つです。一つは、『貨幣の哲学』はなぜむつかしいのかについての本書の「はじめに」にある記述の概要です。むつかしさの多くは、哲学はじめ関連する諸学問領域での内容的なものではなく、ジンメルの「行論の作り方」にあるという指摘があります。これはむつかしさを自ら学問的知識の不足とばかり悩んできた読者にとっては、暗夜に一燈を見出した思いかもしれません。
もう一つは、本書の中心部分を構成する『貨幣の哲学』各6章の解説において、各執筆者によって記せられている概要からの抽出です。それは『貨幣の哲学』において、なにが書かれているかを把握するためのショートカット的役割を果たすものです。各執筆者の目論みや記述様式やさらに内容の難しさの違いをそのまま反映して、本稿での抽出もまた精粗様々となっています。
この『貨幣の哲学』の内容と意義をどのようなものとして理解するかについては、一義的な回答はむつかしく、読者にとってかなり幅広い多岐にわたる理解が可能であると解されます。この場合でも、本書においてあらかじめ『貨幣の哲学』の全体構造を承知し、各章の概要と問題の所在を理解しておくことは、きわめて有益な作業であると思われます。本稿はそのための一つの目安を提供するものです。