『現代日本の金融システム−金融市場と金融政策−』 第12集 平成17年度版 (平成18年3月発行)
岩佐代市
80年代に米国の金融システムが不安定化したおり、安定化装置としての預金保険制度の役割を縮小し、これに代わって安定性の高い銀行制度としてのナローバンキングを導入するがさかんに論じられた。しかし、90年代の経済好況を反映して、銀行の業況も好転し、預金保険機関FDICの収支が改善されたこともあって、その種の制度改革論は下火となった。FDICの制度改善(たとえば、可変料率制度の導入)がその収支改善と金融システムの安定化に資したかどうかは必ずしも検証されていない。日本でも90年代半ば以降の金融システム不安定化を受けて、主に90年代末から2000年代初頭にかけて同種のナローバンキング論が少なからず検討の対象とされた。しかし、間接金融中心のわが国で預貸分離を含意するナローバンク制度は荒唐無稽で非現実的なものとして受け止められた感がある。ところが、2000年代も半ばに至り金融システムの安定性がようやく回復するにつれ、長期的な観点から今後の金融システムのあり方を検討する一環としてナローバンク制度に言及する論者も少なからず存在するに至っている。
本稿は、まずナローバンキング論に言及した比較的最近の文献や預貸業務分離の(非)合理性を「範囲の経済性」の測定から実証しようとした希少な分析を取り上げ、これらの諸論・諸考察・諸分析を俎上に乗せて批判的に検討している。次いで、これを踏まえて、支払決済手段として利用される預金債務の安定性を確保する観点から「商業銀行主義」の理念や考えを取り込んだナローバンク制度ならば望ましいと主張する。また、わが国の「ネット型決済専業銀行」がどの程度現実のナローバンク的存在であり得るのかを財務データを参考にしつつ考察し、それを基に、完全な預貸業務を旨とする「狭義のナローバンク制度」は収益的にも成り立ちがたい可能性が高いことを指摘し、この面からも信用創造の余地が許容される商業銀行主義的ナローバンク制度が重要であろうことを主張した。なお、IT革新の成果を取り込むことで効率性の高いその種のナローバンクは実現可能とも言えるが、預金保険制度と比較した上での社会的コストの優劣の分析は別途の課題として残る。