『現代日本の金融システム−金融リテールの経済分析−』 第11集 平成16年度版 (平成17年7月発行)

イギリスにおける基本銀行口座の導入とその論点

寺地孝之


要約

 イギリスの厳しい金融排除の実態を踏まえて、同国ではこの問題の解決のために1990年代後半から種々の政策提言がなされてきた。そして、その具体的な成果として実を結んだのが「基本銀行口座(Basic Bank Account)」である。すなわち、新たな社会排除へと結びつきかねない経済の急速なデジタル化が進行する中にあって、あえてその現象を逆手に取り、主として低所得世帯や母子家庭など、もっともデジタルデバイドに陥りやすい層に対して支払われる政府の給付金を一気にネットワーク決済に切り替え、これによってこうした層に対する銀行口座の供給を否応なしにでも促進させようというのが、この政策のねらいであった。
 ところがそのような政策目的は、政策実施後約2年を経過して必ずしも十分に達成されているとは言い切れない。本稿ではとくに以下の3点を指摘している。第一に、民間銀行が提供する基本銀行口座と郵便局カード口座には、機能の点で大きな差異があり、郵便局カード口座が圧倒的に不利な仕組みとなっている。第二に、民間銀行における基本銀行口座の取り扱いにおいては、必ずしも十分な従業員教育が行われておらず、そのため顧客のニーズに応じた弾力的な対応ができていないなど、改善すべき点がある。第三に、イギリスにおける銀行および郵便局の閉鎖は現在も着実に進行しており、全英各地で激烈な住民反対運動が起こっている。そして、本来、金融排除解決の「切り札」であったはずの基本銀行口座政策が、地域の委託郵便局から手数料収入を奪う原因となり、そのことがかえって郵便局の閉鎖を助長した側面があることは否定しがたい事実である。