『現代日本の金融システム−金融リテールの経済分析−』 第11集 平成16年度版 (平成17年7月発行)
古川 顕
アメリカの生んだ最大の経済学者と呼ばれるアーヴィング・フィッシャー(1867-1947)は、生涯において数多くの先駆的業績を残しているが、彼の主要著作を見る限り、その業績の一つが景気循環論の分野であることは明らかであろう。しかし不思議なことに、フィッシャーの景気循環論を体系的に吟味検討し、彼の景気循環論の特色、変遷、問題点などを明らかにした業績は皆無に近いと思われる。そこで本稿では、もっぱら『価値上昇と利子』(1896)、『貨幣の購買力』(1911)、『好況と不況』(1932)の3つに焦点を当てながら、なるべくこれらの著作に即しながらフィッシャーの景気循環論の内容を検討するとともに、とくにその到達点とも思われる負債デフレーション理論の限界ないし問題点を明らかにしたい。
1930年代のアメリカの大恐慌に直面してうち立てられた負債デフレーション論は、金融政策の波及経路におけるバランスシート・チャネルの重要性を強調した先駆的な業績であるが、その理論的な支柱は、『貨幣の購買力』によって精緻化された古典派の貨幣数量説にあるように思われる。その点では、貨幣数量説に批判的であったほぼ同時代のイギリスのR.G.ホートレー(1879-1975)とは対照的であるように思われる。また、貨幣数量説に依拠したがゆえに、銀行信用(貸し出し)の変化が経済活動に及ぼす直接的な効果を軽視した点もホートレーとは異なっている。
しかし、J.A.シュンペーターがフィッシャーに対する追悼論文の中で述べたように、フィッシャーの経済学は「堂々とした構造」を持つ「寺院の柱とアーチ」のようなものであり、「同時代の風景を眺めることのできる場所の多くを砂が埋め尽くしてしまったはるか後にも、眺めることができるであろう」というのは、確かであるように思われる。